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<feed version="0.3" xml:lang="ja" xmlns="http://purl.org/atom/ns#" xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"><title>自然音楽 〜日記〜へ</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://diary.play-natural-music.net/" /><modified>2008-08-18T06:36:13+09:00</modified><tagline>ここは気ままに書こうと思っています。
日記とは名ばかり、更新は気まぐれです・・・(笑)
ゆっくりとお付き合いいただければ幸いです。</tagline><generator url="http://jugem.cc/">JUGEM</generator><entry><title>打ち破れ！</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://diary.play-natural-music.net/?eid=773618" /><id>http://diary.play-natural-music.net/?eid=773618</id><issued>2008-08-18T06:36:12+09:00</issued><modified>2008-08-17T21:36:12Z</modified><created>2008-08-17T21:36:12Z</created><summary>昨日、僕が所属するバンド“ＣーＨ”の主要メンバー３人で集まり、
久しぶりに話をした。そして、久しぶりに音楽以外の話をしたような気がする。

人は一人一人違うし、考え方やルーツに差がある。それが人と話す最大の楽しさであり、価値でもあると思うんやけども、その...</summary><author><name>GO</name></author><dc:subject>日常</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[昨日、僕が所属するバンド“ＣーＨ”の主要メンバー３人で集まり、<br />
久しぶりに話をした。そして、久しぶりに音楽以外の話をしたような気がする。<br />
<br />
人は一人一人違うし、考え方やルーツに差がある。それが人と話す最大の楽しさであり、価値でもあると思うんやけども、その会話の中で目線を根元の方にまで向けていけば、どこかで共通の認識があり、お互いが似たような感覚を持ち合わせているんやという事に気付く。<br />
<br />
それは、相手の話をまずは聞いてみようという謙虚さであったり、知らない事に対する純粋な興味であったり・・・。<br />
もちろん、その謙虚さや興味が及ぶ範囲は人によって違って、この人が言うからそうなれる、というのもある。単純に年上の先輩だから聞いてみよう、という人もいれば、どんな人の話にも耳を傾けられる人もいる。この人の話しか信じられないという人もいるやろう。<br />
<br />
そして、大小の差はあれど、この謙虚さや失わない興味というのは、日本という国が長い歴史をかけて学び、身に付けてきた民族性の一つなんじゃないかと思う。<br />
<br />
僕は、別に自分の意見に何がなんでも賛成して欲しいだとか、認めて欲しいという欲はすっかりなくなってしまった。自分と違う意見や哲学を持っている人の話を聞くことの方が価値があると思うし、俺はお前と違う、という全く別の正義を徹底して貫いている奴が僕を全否定した時、瞬間的には悔しく思ったりする事もあるし、脳をフル回転させて反論をするやろうけれど、そこにこそ大きな意味と価値がある。<br />
<br />
僕は“君”の話が聞きたい。そう思う。<br />
同じか似てるか、違うか真逆か、それは結果の後の結果でしかない。<br />
たとえ違ったり、真逆であっても、そこから何かを吸収し、なるべく波風立てないように穏便にこなして我が物にしてしまうのは日本人特有のセンスというか、感覚のように思う。<br />
ペリー来日を機に、あれだけ鬼畜米英と罵った相手から技術やイデオロギーを盗み、それを参考に独自のものを開発してしまう技術も、発想も、歴史が培った日本人の感覚がないと生まれないはずやから。<br />
<br />
一番困るのは、意見も何も出てこない人。<br />
知らない分野の話は仕方がない。知らないなら、そして知りたいと思うなら勉強すりゃええだけの話や。<br />
ところが、いわゆる偉い人の話の受け売りや、大衆に流されて、それを自分の意見と錯覚されてしまうと、どうにも詰まらない。<br />
結局君は何も考えてないやん。そんな話を聞いてもなんだか詰まらない。<br />
<br />
“君”の意見は“君”の中からしか生まれない。<br />
それを聞く事が何より楽しい。別に違うからどうのこうのなんて仕様もない事をいちいち僕は気にしない。<br />
同時に、先程は『意見も何も出てこない人』と書いたが、本当に何にも感じない人なんて、稀なんじゃないやろうか？<br />
大衆に流されて言えない。そういう状況で表向き流れちゃっている人の中には、大小差はあれ、何かを感じて、何かを考えている人が大勢いるんじゃないやろうか？<br />
<br />
そこには、自分とは違う物を受け入れてみようとする、日本人独特の文化や風習から生まれる謙虚さや興味が根底にあるように思う。<br />
空気が支配するこの国では、なかなか大衆と違う事が言えない。でも、内側まで染まり切ってはいけないし、染まるまでの間に、日本人ならではのタイムラグがあるはずや。できるなら、そこで踏みとどまるべきや。表向きは染まっても、内側まで染まったら面白くなくなってしまう。<br />
<br />
では、内側に染まるまでの間にどうすればいいか？<br />
腹を割って話せる友人と話す事やと思う。友人に表向きの意見を言わなくていいし、言えない友人を友人とは呼べない。<br />
<br />
大東亜戦争の後にＧＨＱが実行したウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム。<br />
誇りは、奪われた。<br />
でも、長い歴史が培ってきた謙遜と興味という日本人まではまだ変えきれていないんじゃないか。所詮は空気に飲まれているだけで、そんなのは戦前にも同じ事が言えた。それに、人と人が交流する事も、昔より少なく小さくなってきているけど、完全に消えてはいない。<br />
<br />
相手を尊重して謙遜できる事、違うモノに興味を示して試しちゃう日本人の特性。友人と腹を割った話ができる事。<br />
これがきっとウォー・ギルト・インフォメーション・プログラムを打ち砕く。<br />
歴史を知る度に、６３年間の間にすっかり変わってしまったと感じる。<br />
でもそれは２０００年以上もの長い歴史が作り上げた文化が必ず打ち砕くと信じている。<br />
だから僕は、友人に表っ面だけの話をする気はさらさら無いし、誰しもに同じ事が言える。友人に対し、表っ面だけの話をする必要なんてどこにもない。]]></content></entry><entry><title>あ、これも売ります。</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://diary.play-natural-music.net/?eid=771899" /><id>http://diary.play-natural-music.net/?eid=771899</id><issued>2008-08-14T06:46:17+09:00</issued><modified>2008-08-13T21:55:12Z</modified><created>2008-08-13T21:46:17Z</created><summary>ここ最近、立て続けに言葉を失ってしまうような音楽を聴いてしまった。
多くの方が知っている事にも驚いたが、『羞恥心』というユニット。
それに続いて『悲愴感』。

ついに来た。
人間としての欠点や、笑ってしまうような癖を売り物にするのはいい。
しかし、プラ...</summary><author><name>GO</name></author><dc:subject>日常</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[ここ最近、立て続けに言葉を失ってしまうような音楽を聴いてしまった。<br />
多くの方が知っている事にも驚いたが、『羞恥心』というユニット。<br />
それに続いて『悲愴感』。<br />
<br />
ついに来た。<br />
人間としての欠点や、笑ってしまうような癖を売り物にするのはいい。<br />
しかし、プライドや本質的な駄目さまでも金にしてしまう音楽が<br />
ついに来た。<br />
そして、それが本当に売れてしまう時代がやってきてしまった。<br />
両ユニット共に、売上げチャートで上位に入っている。<br />
<br />
自分の欠点や、弱い部分を曝け出すのは相当恥ずかしい事や。<br />
それすら売りにしてしまう芸人さんを僕は凄いと思うし、それができるのは<br />
その人の本質的な部分にぶれない芯があるからこそやと思っていた。<br />
<br />
お馬鹿な人間を演じたり、間抜けな振りをする、それは笑いの大切さを信じるからこそできる事。そんな芸人さんの根性は見習うべきところが多々ある。<br />
ところが最近は演技でも何でもなく、本当にどうかしてる人が増えてきた。<br />
<br />
そんなどうかしている人達が、お馬鹿である事やプライドを持たない事を売りにして、「こんな自分達だって一生懸命」的な、訳の分からん事を歌に乗せている。<br />
それをどこぞのレコード会社が売れると判断し、売ってしまう。<br />
最後の頼みの綱である消費者も、どこに共感したのか全く分からんが買っちゃっているみたいや。<br />
<br />
お馬鹿である事や、プライドが無いという現状を嘆くのはいい。<br />
それが本気なら、次は「お馬鹿なままではおれん」「プライドを持たにゃいかん、どうしたらええねん」と進むのが普通やろう。<br />
よし、これを歌にして売ってしまうか。という発想は拝金主義でないと起こらん。<br />
無知であったり、プライドを傷つけられて苦しむという歌詞を乗せた音楽はようけあって、そのどれもが苦しい想いや辛い気持ちをバシバシ伝えてくる。それにこちらも刺激され、体の奥底から沸々と力が湧いてくる。<br />
なんとも対照的や。どうかしてしまっている人達は随分と楽しそうに歌とうとるな。<br />
<br />
音楽にはある種のカリスマ性がある。<br />
お馬鹿やプライド無しを歌にしてしまうと、それが正しい事であるかのような印象を与えてしまう。<br />
あの音楽から感じるのは、『お馬鹿やプライド無しでも、とにかく頑張ってさえおればええ。』というメッセージやった。僕はこれがもうとにかく好かん。<br />
誰だって何かに対し“頑張って”いるんや。そんなの当たり前じゃ。<br />
それだけでええんやで、というメッセージを受け取って、それが正しいと思っている方々、それは間違いです。<br />
自分で定めた目標に到達する事が目的で、“頑張る”のは目的と違います。<br />
たとえ目的が達成できなくても、頑張ったからええやろう、というのは他人からかけてもらうから意味があるんです。自分でそれを言ってしまうのは、ただの言い訳であり、諦めであり、怠惰の肯定でしかありません。<br />
<br />
<br />
さらに足元がふらついたのは、そんなどうかしてしまった人達を中心に、<br />
『日本人は凄い、誇りを持てよ』といったメッセージを発する歌が増え、徐々にブームになってきている事。<br />
<br />
日本人である事に誇りを持つというメッセージは大歓迎や。<br />
しかし、これも金儲けのひとつに過ぎない。誇りを金にせんでくれるか。<br />
誇りを持とうとするのは簡単やけど、何にも努力せんと持てる程、“誇り”は軽くない。<br />
事実を知ろうとする探究心と、それを受け止める覚悟がいる。<br />
感謝の心、愛する心がいる。やせ我慢できる根性がいる。<br />
責任が重く背中と肩にのしかかる。目には見えない無数の目が常に自分を監視する。<br />
<br />
誇りとは「我、ここに在り。」と臆さず言えるという事や。<br />
日本は凄いぜ、日本人は偉いぜ、とわめき散らすのはただの自慢や。<br />
下手すりゃ負け犬の遠吠えとも捉えられかねない。そんなのは違う。<br />
<br />
メジャー音楽は僕の性に合わないと思っていた。<br />
でもこのままやと有害だと感じる日がやって来る。<br />
まだそこに至らないのは、熱い音楽も残っているから。<br />
<br />
芸術家といえども、金がないと生きていけない。<br />
レコード会社に勤めている方々も家族を養っていけない。<br />
だから音楽を金に変える事が悪いことだとは思わない。<br />
<br />
でも売っちゃいけないものがある。<br />
「お金で買えないモノがある。」と、我は真実を得たり、と言わんばかりに豪語する人達よ。<br />
なんで「お金にしちゃいけないモノがある。」と言わないんや。<br />
<br />
]]></content></entry><entry><title>凡人的相対性理論</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://diary.play-natural-music.net/?eid=769728" /><id>http://diary.play-natural-music.net/?eid=769728</id><issued>2008-08-09T13:17:06+09:00</issued><modified>2008-08-09T04:22:22Z</modified><created>2008-08-09T04:17:06Z</created><summary>時間が無い。
僕はいつもこう言っている気がする。
時間は作るもんだと言う人がいるが、作ってもまた無くなる。
何もせずに時間がない事を嘆くほど、阿呆ではないつもりや。

そんな同じ悩みを抱える方々に、なんちゃって朗報。
なんと時間は伸び縮みするという！
...</summary><author><name>GO</name></author><dc:subject>日常</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[時間が無い。<br />
僕はいつもこう言っている気がする。<br />
時間は作るもんだと言う人がいるが、作ってもまた無くなる。<br />
何もせずに時間がない事を嘆くほど、阿呆ではないつもりや。<br />
<br />
そんな同じ悩みを抱える方々に、なんちゃって朗報。<br />
なんと時間は伸び縮みするという！<br />
<br />
アインシュタインの相対性理論。内容は知らんでも名前くらいは聞いたことがあると思う。<br />
この理論、『光の速度はどんな観測者から見ても、秒速約３０万ｋｍである。』という【光速度不変の原理】を基本に展開されていく理論や。<br />
これがどれだけの大発見であったかを簡単に解説する。<br />
<br />
車のカタログなどを見ると、安全装置の精度を検証する為に<br />
時速６０ｋｍで走行する２台の車が正面衝突したら・・・？<br />
という設定の実験が取り上げられている。<br />
<br />
この場合、運転者から見たら前に迫ってくる車の速度は時速１２０ｋｍという事になる。<br />
自分が時速６０ｋｍで相手に近付き、また相手もこちらに時速６０ｋｍで迫ってくる。<br />
“６０+６０＝１２０”という訳や。<br />
しかし、光の場合この理屈は全く通用しない。<br />
<br />
暗く広い敷地に、光を放つ光源があるとする。<br />
その光源に対し、たとえ迫っていこうが、逃げていこうが、または停止していようが、光は変わらず秒速約３０万ｋｍと計測される。<br />
これが大発見。<br />
<br />
例えば“音波”。これは秒速約３４０ｍである。<br />
マッハ１というやつ。この速度を超えると、音は相手に伝わらなくなる。<br />
音速より速い状況下では、音を置き去りにして進んでしまうからや。<br />
この“音波”には、先程の車の実験結果がそのまま当てはまる。<br />
つまり、音源に迫っていけば音は早く耳に到達するし、音源から遠ざかれば耳に到達する時間も遅くなる。<br />
<br />
そして、光にもこれが当てはまると考えられていた。<br />
しかし、光はそんなの関係ない。<br />
誰から見ても、光の速度は変わらない。<br />
『水の中では、光の速度が遅くなるやん？』という反論にだけ答えておこうと思うが、その遅くなった光の速度は、誰から見ても、どんな状況から見ても変わらない。<br />
【光速度不変の原理】というのは、“どんな観測者から見ても、光の速度は一定。”という原則である。<br />
<br />
<br />
すると奇妙な事が起こる。<br />
例えば、超高速で左から右に移動するデカイ縦長の器があるとしよう。<br />
あなたはその光速で動く器を観察する“観測者”である。<br />
そして、あなたの横には、同じ器が別に用意されている。<br />
<br />
この器は、底に光源があり、天辺を照らすように設置されている。<br />
底面から天井まで、光が到達する時間は【１秒】であるとする。<br />
<br />
あなたの横にある器と、超高速で移動する器の光源を同時に照らすとしよう。<br />
するとどうなるか？<br />
あなたの横の器の光は、１秒で天辺に到達する。<br />
しかし、超高速で移動する器はどうなるか？左から右に移動しているので、<br />
光が辿った軌跡は、左下から右上へと向かう斜めの線になる。<br />
斜めになるという事は、距離が伸びるという事や。<br />
【光速度不変の原理】が証明されているので、距離が長いという事は、<br />
それだけ余分に時間がかかる。<br />
<br />
つまり、あなたの横の器が１秒で天井を照らしたのに、超高速で移動する器はまだ天井を照らしていない。という結論になる。<br />
<br />
ところが“超高速で移動する器の中”にあなたがいたとしたら・・・？<br />
器の光は１秒後に天井を照らしているはず。なぜなら超高速で移動していようが、『あなたの隣の器』という状況は同じやからや。<br />
しかし、それを見る側の立場になると、こっちでは１秒やのに、超高速で移動する器は、まだ１秒経っていない事になる。<br />
<br />
設定を思い出すと、“器”のサイズは、底から天辺まで光が１秒で到達する。というサイズ。<br />
しかしあなたの見た、超高速で移動する器はまだ到達していない。<br />
ところが、超高速で移動する器の中にいれば、光は１秒で天辺に到達する。<br />
これはどういう事か？<br />
<br />
あなたから見て、超高速で移動する器の時間は、あなたに対し『遅れて』いる、という結論になる。時間が伸びている。<br />
これが相対性理論の基本になる。<br />
<br />
<br />
・・・長くなってしまった。<br />
こう考えると、時間は絶対的なものなんかではない事が分かる。<br />
観測者の状況によって、時間は伸びたり縮んだりする。<br />
<br />
「お、という事は、せかせか高速で動いたら時間が伸びるんぢゃね！？」<br />
なんと、相対性理論によれば、高速で移動すれば時間が伸びる！？<br />
これで時間が無いなんて悩みとはオサラバや！やった！！<br />
時間が無いと悩んでおられる方、本に仕事に、ありとあらゆるものを担いで<br />
リニアモーターカーに一日中乗ろうではありませんか！<br />
時間不足を解決しようではありませんか！<br />
<br />
ただ、ここで問題がある。<br />
あくまで、『観測者に対し』時間が遅れるだけである。<br />
リニアモーターカーの中にいようが、高速の戦闘機の中にいようが、<br />
実は自分にとって１秒は１秒でしかない。残念。<br />
まだしばらく「時間が無い！」という日々は続きそうや。]]></content></entry><entry><title>ノアの箱舟</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://diary.play-natural-music.net/?eid=768617" /><id>http://diary.play-natural-music.net/?eid=768617</id><issued>2008-08-07T06:14:52+09:00</issued><modified>2008-08-06T21:34:28Z</modified><created>2008-08-06T21:14:52Z</created><summary>『火星移民計画』という話を聞いたことがあるやろうか？

こんなウワサバナシがある。
地球は滅亡するから、火星に逃げて生き延びるのじゃー。
だからせっせと火星を研究して、その為にお金と人材集めて、
その日に備えにゃイカンでや〜。・・・と。
こう考えている...</summary><author><name>GO</name></author><dc:subject>日常</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[『火星移民計画』という話を聞いたことがあるやろうか？<br />
<br />
こんなウワサバナシがある。<br />
地球は滅亡するから、火星に逃げて生き延びるのじゃー。<br />
だからせっせと火星を研究して、その為にお金と人材集めて、<br />
その日に備えにゃイカンでや〜。・・・と。<br />
こう考えているのはアングロサクソン、このウワサバナシの主人公はアングロサクソンである。<br />
<br />
ここから先は想像。証拠は何も無い。<br />
<br />
そもそも何で火星に逃げにゃいかんねん？<br />
それは地球が住めなくなってしまうからやろう。<br />
連想するのは、『地球温暖化問題』<br />
ここ数年、北極、南極をはじめ、氷がばしばし融けている。ただ、これにはいくつもの疑問が残る。話が逸れてしまうので書かないが、知っている人は知っていると思う。<br />
とりあえず事実として地球の平均気温は上がっていて、気になるのは、最近の研究で『人間活動によるＣＯ2排出量と地球温暖化』の関係を否定する説が非常に濃厚になってきた事。そもそも地球の平均気温が上がってきたから、空気中のＣＯ2濃度が上がってきた、と考える方が自然らしい。<br />
なんと順番が逆。<br />
ここから導かれる結論は、「地球の活動なんで、温暖化は止められまへん」という事。<br />
<br />
それを助けるように、アル・ゴア前米副大統領がノーベル平和賞を受賞したのは『ＣＯ2を減らしたら、ちょっとは時間稼ぎできるんじゃね？』という、気休め的な希望を提示したから、という話もある。<br />
<br />
ん？人間が滅びる前にそんな事になるんか？ここが疑問やけど。<br />
<br />
続いて、資金面。<br />
先程の“ＣＯ2”。これには排出権取引制度というものがあって、簡単に言えばＣＯ2がお金に変わる制度。京都議定書の策定交渉時、アメリカがこれを強く推していたという経緯があるが、温暖化が止められないと分かっていて、それに伴い空気中のＣＯ2が増えていくのなら、やりようによってはこの排出権取引制度はすごい錬金術になる。<br />
<br />
もう一つは戦争。戦争は儲かるから資金調達にはもってこいという訳や。<br />
そしてアングロサクソンは自分からしかけない。まずは相手にやらせる。<br />
大東亜戦争でアメリカと戦う際、日本はＡＢＣＤ包囲網、ハル・ノート、などの作戦で開戦を余儀なくされた。<br />
真珠湾攻撃と同じように９．１１もそうなんじゃないか、という者もいる。事実は分からない。<br />
<br />
最後は技術面。<br />
火星に住もう、って言うなら火星を人間の手で人の住める環境にせにゃいかん。頭の良い学者さんがようけ必要や。探せ探せ・・・いや、作っちまえ。<br />
『クローン技術』である。<br />
それなら優秀なＤＮＡがようけいる。探せ探せ！<br />
『住民基本台帳ネットワークシステム』『精子バンク』である。<br />
将来的に、人の体にバーコードを刻み、それで本人確認や買い物ができるようにするという計画がある。便利という言葉の影に隠されているものは何やろうか？<br />
その際に「血液検査が必要です。」となるのは想像に難くない。<br />
<br />
<br />
他にも、考えようによってはいろいろ思い当たる事がある。<br />
ただ、ここまで書いたことは想像ばかりで、中には現実に起こっていることもあるが、こじ付けと言われればそれまでのものでしかない。<br />
<br />
しかし、この中には紛れもない事実がある。<br />
それは、アングロサクソンが“生”に重きを置いているという部分。<br />
何がなんでも生き延びたい。そういう考え方。<br />
<br />
もちろん生きる事は重要であると思う。自然界の法則では、他を蹴り落としてでも生き延びる事は正しい事なのかもしれない。<br />
だからアングロサクソンの考え方は自然界に従う正しい考え方やと言う人がいる。<br />
選ばれた優秀な者だけが火星なりどこなりに行って生き延びる。<br />
確かにそれは一つのモデルではあると思う。<br />
<br />
しかし、スケールを大きくして宇宙論を展開した時、全ての星はいつか寿命を迎えて朽ち果てる事が分かっている。<br />
火星に行こうがどこに行こうが、同じ結末が待っている。<br />
宇宙そのものが終焉を迎えるという説もある。宇宙が膨張する引力に耐え切れなくなって、全ての物質が原子レベル以下に分解されるという学説。<br />
逆に原子以下の空間に全てが圧縮されるという学説。<br />
こんなものはずっとずっとずっ〜と先の話で、想像もつかない。<br />
ただ、終わりの存在という点で共通している。<br />
<br />
なら、憐れむ心と情けの精神、そういった、ともすれば『生温い』といわれそうな正義を胸に生きていってもいいんじゃないか。<br />
正義を貫いて、その結果滅びたって、それは本望やないか。<br />
]]></content></entry><entry><title>お人好し</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://diary.play-natural-music.net/?eid=768121" /><id>http://diary.play-natural-music.net/?eid=768121</id><issued>2008-08-06T06:13:54+09:00</issued><modified>2008-08-05T21:13:54Z</modified><created>2008-08-05T21:13:54Z</created><summary>今年もこのニュースが取り上げられる時期がやってきた。
『靖国問題』である。
僕はこの呼び方自体が好きではなく、何で問題やねん、と思う。
自国を守る為に血を流した方々へ感謝する事が、なんでそんな問題なんや。

中国や韓国が靖国参拝に対してやいやい言うのは...</summary><author><name>GO</name></author><dc:subject>日常</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[今年もこのニュースが取り上げられる時期がやってきた。<br />
『靖国問題』である。<br />
僕はこの呼び方自体が好きではなく、何で問題やねん、と思う。<br />
自国を守る為に血を流した方々へ感謝する事が、なんでそんな問題なんや。<br />
<br />
中国や韓国が靖国参拝に対してやいやい言うのはどうにも納得できない。<br />
特に中国は、３０年前に締結された日中平和友好条約で、相互内政不干渉が明記されとるやないか。<br />
靖国神社参拝にあれやこれやと突っ込んでくるのは、内政干渉や。<br />
日本が中国の反日教育に干渉した事は無いでしょう。ルールは守ってください。<br />
<br />
だけどチベット問題に対しては内政干渉やと口を揃えて言う。<br />
チベットは独立国家やから、内政干渉じゃないのは明らかで、それに比べて靖国問題や教科書問題は、完全にウチの国の中での話。やいやい言わんで頂きたい。<br />
そこへ今朝の新聞。福田首相は参拝しないとの事。<br />
この国は、総理大臣ともあろうお方が国を守ってくれた方々に感謝の意を表する事ができない。ルールを破る国に対し、“控える”という表現を使う始末や。ジャイアンに睨まれたスネ夫とでも言えばいいのか・・・。<br />
<br />
<br />
そんな中国で３日後にオリンピックが開催される。<br />
国家間の平和条約を守れない国が、その他のルールを守れるのか？<br />
<br />
しかも、先日のニュースでこんな事を言っているレポーターがいた。<br />
「電車やバスを待っている中国の方はみんなちゃんと並んでいて安全です。」<br />
と言った直後、「街には厳重な警備が布かれ、入国審査も大変厳しくなっています。」<br />
・・・安全じゃないやん。でもみんな並んでたら安全やと感じるんや。<br />
<br />
どうも日本人は『日本人はお人好し』『譲歩』などという前向きな表現をしたがる。<br />
自分の中に確固たる価値観、判断基準がないままに相手を判断なんかできんはずや。]]></content></entry><entry><title>猫弁護</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://diary.play-natural-music.net/?eid=766215" /><id>http://diary.play-natural-music.net/?eid=766215</id><issued>2008-08-02T06:28:38+09:00</issued><modified>2008-08-01T21:28:38Z</modified><created>2008-08-01T21:28:38Z</created><summary>

以前の日記に書いたけれど、僕の家には犬が２匹、ハムスター１匹、
猫２匹が暮らしている。

犬派か猫派かという質問をされる事がたまにあって、犬派は猫嫌い、
猫派は犬嫌いという構図があるみたいやけど、僕はどちらでもなかった。
最初に我が家に迎えたのは犬...</summary><author><name>GO</name></author><dc:subject>日常</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<img src="images/11.jpg" width="240" height="313" alt="" class="pict" /><br />
<br />
以前の日記に書いたけれど、僕の家には犬が２匹、ハムスター１匹、<br />
猫２匹が暮らしている。<br />
<br />
犬派か猫派かという質問をされる事がたまにあって、犬派は猫嫌い、<br />
猫派は犬嫌いという構図があるみたいやけど、僕はどちらでもなかった。<br />
最初に我が家に迎えたのは犬やったけれど、たまたま廻り合わせがあって出会っただけで、別に猫が嫌いやったから犬にした訳ではない。<br />
<br />
ただ、猫の事をあまり知らなかったのは事実。<br />
そして猫を我が家に迎えて３、４ヶ月が経った今、徐々に猫の事を学んでいった僕は、すっかり猫が大好きになってしまった。<br />
<br />
今日はそんな『猫』の弁護を買って出たい。<br />
<br />
<br />
さて、まずはその弁護を買って出た『容疑』であるが、<br />
猫、特に野良猫は人間に被害を与えていると言われている。<br />
その証拠に、街の至る所に「猫に餌をあげないで。」「望まれない命を増やさない為に虚勢避妊手術を」といった看板、張り紙が貼られている。<br />
具体的な被害は、庭を荒らされたり、糞尿を撒き散らされたり、<br />
夜中に縄張り争いでギャーギャー五月蝿い、といったものが挙げられる。<br />
<br />
もちろん、一方的に人間が被害者であると言えない事は看板の内容からも分かる。餌付けや手術など、野生から切り離して人間の管理下におくなら、<br />
しっかり管理せんかい、というのが看板の内容やからや。<br />
<br />
ところが気になるのは、猫を飼っていない人、中には猫を飼っている人ですら、猫の特性を把握しておらず、「猫だから仕方ない。」と管理を投げ出そうとする連中がいる事や。<br />
飼っている人がこうなるのは論外。<br />
飼っていない人は仕方が無い。そこで僕がこの短い間で知った猫の特性を挙げながら、彼等の弁護をしよう。<br />
<br />
<br />
まず、彼等は頭がいい。それは犬とは違う頭の良さ。<br />
犬とは違う哲学を持ち、犬とは違う原理原則に従って生きている。<br />
<br />
例として『拾い食いを止めさせたい時』<br />
まず犬ならば、“落ちている物を拾おうとする時、飼い主と目を合わせればご褒美が貰える”という訓練を積めば、犬は何かを発見すると飼い主に知らせるようになる。ここが犬の可愛いところ。<br />
しかし猫はこうはいかない。彼等はいくら訓練しても効果が無い（そもそも訓練に集中できない）。<br />
落ちている物を拾うと天災がある、と教え込む為に、わざと辛子や山葵を塗りこんだ食べ物を仕掛けても、毎回拾い食いするとは限らない上に、それが人間の仕業だとばれると、彼等の目が「キラーン！」と光る。<br />
つまり、人間の目の届かないところでやればいい、と学んでしまう。<br />
その上、一度大きな痛手を食らっても、何故かもう一度やってみるという<br />
逞しいチャレンジ精神を持つ猫もいる。その結果、被害に遭う確立が低い事を学ぶと、止めさせる事はできない。<br />
<br />
かといって、暴力に訴えれば敵意むき出しで襲ってくる事がある。<br />
<br />
人間　「人間が餌をあげないと、君ら生きていけないんやぞ！」<br />
猫　　「望むところよ。それで死なせたら罪の意識に苛まれるのはオタクやぞ！」<br />
これくらいの勢いは、ある。<br />
<br />
解決策はただ一つ、そこに触られたり食われたら困るものを置かない事。<br />
<br />
<br />
そして、ここが肝心。<br />
彼等は別に悪意があって人間の困る事をしている訳ではない。<br />
<br />
拾い食いも、おもちゃにしてもらっちゃ困るもので遊ぶのも、彼等の興味を惹いてしまった、あるいは本能によるものが全てといってもいい。<br />
彼等が本気で人間の困る事をしてやろう、と考えてしまったら、多分想像を超えた悪戯をしでかすやろう。<br />
僕は経験していないが、猫を飼っている人が新たに仔猫を迎えた時の事。<br />
先に住んでいた先輩猫が嫉妬の炎に怒り狂い、飼い主の大切にしていた物に小便を撒き散らしたというエピソードがある。<br />
<br />
彼等は人間をよく観察している。<br />
大切にしているもの、されて一番困る事、しっかり把握している訳や。<br />
だから我が家の猫は、爪とぎもトイレも、「そこでは止めてくれ！」と言うと、すぐに止める。トイレに至ってはミスが一度も無い。<br />
<br />
これをされると人間は困る、それを知っているし、だからその為に爪とぎ場所もトイレも別にしっかり確保してくれている・・・多分彼等はそこまで理解している。<br />
これを怒らせると、多分そこらじゅうで爪を研ぎ、粗相をしまくるんやろう。<br />
<br />
<br />
このように猫は大変頭がいい。<br />
しかも、単独で生きていける能力もあるし、運動神経も抜群。<br />
自由奔放で、単に悪戯好きな生き物ではない。<br />
犬とは違い、理由が分からなければ止めろと言っても止めない。<br />
猫にされて困る事を止めさせるのは、猫との知恵比べ。<br />
意外に思われるかもしれないが、頭脳戦です。これが楽しい。<br />
<br />
人間は賞味期限にうるさく、コンビニでは毎日沢山の食べ物が捨てられている。世界には飢餓に苦しむ国があるというのに。<br />
そんな矛盾を猫は突いてくる。<br />
<br />
増えたら困ると言うが、増える原因は人間にあったりする。<br />
猫の被害を訴える看板の下で、のんびりあくびをしながら首の後ろをポリポリ掻いている猫なんて、これ以上ないという位に皮肉や。<br />
<br />
<br />
そんな猫にも、優しさや礼儀がある。<br />
犬(特に我が家のデカイ方のダックス)は、毅然としていて、一貫性のある態度の人間に懐き、媚びたり、阿ったりする人間を嫌う。<br />
そして一度懐くと、長く会っていなくてもしっかり覚えている。<br />
これは犬の魅力。<br />
<br />
では猫は？<br />
<br />
彼等は気分で甘える時がある。<br />
(餌の切れ目が縁の切れ目よ、というドライさがあるくせに。)<br />
その時、人間の顔にすり寄ろうと体によじ登ってくるんやけれども、そのよじ登る角度が爪を立てなくてはならない程に急な時は登ってこないで待っている。<br />
爪を立てなくても近付ける時は、決して爪を立てる事無くゆっくりと近付いてくる。<br />
爪を立てると痛い、それを知っているからやらない。<br />
<br />
彼等はよく人間を観察し、学習している。<br />
人間にとって不都合な事が起きた時、きっかけを与えたのは人間なんやと思う。<br />
<br />
]]></content></entry><entry><title>欲しい情報</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://diary.play-natural-music.net/?eid=764588" /><id>http://diary.play-natural-music.net/?eid=764588</id><issued>2008-07-29T20:54:34+09:00</issued><modified>2008-07-29T13:01:13Z</modified><created>2008-07-29T11:54:34Z</created><summary>神戸市は灘区を流れる都賀川。
数年前、僕はその近くに住んでいたので知っている川やった。

その川で２８日、集中豪雨による鉄砲水が発生し、子供３人と女性１人が亡くなったというニュースが流れた。
今日はその事について気になった点を書こうと思う。
気になった...</summary><author><name>GO</name></author><dc:subject>日常</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[神戸市は灘区を流れる都賀川。<br />
数年前、僕はその近くに住んでいたので知っている川やった。<br />
<br />
その川で２８日、集中豪雨による鉄砲水が発生し、子供３人と女性１人が亡くなったというニュースが流れた。<br />
今日はその事について気になった点を書こうと思う。<br />
気になった、というより違和感といった方がいいかもしれない。<br />
<br />
今朝の朝刊でもそのニュースは確かめたが、初めて知ったのは昨日のテレビのニュース番組。<br />
新聞についてはそんなに気にならなかったが、新聞と比べて情報がよりリアルタイムに近いテレビのニュースでいくつも気になる点があった。<br />
それは、とりあえず環境問題に落ち着けてしまう事。<br />
地球温暖化や異常気象といった話に移り、それでおしまい。<br />
これ、ええのんか？<br />
<br />
鉄砲水は、上流に降った大量の雨水が土砂などにせき止められ、その土砂が決壊する事により発生する。<br />
下流が晴れていても、上流が大雨なら起こる可能性がある。<br />
事前にその発生を知るのは難しいと言われているが、せき止められているのだから、その間は水かさが減る場合が多い。まあ、水かさが増していっている川に入っていくなんて、事前にどうのこうのといった話のレベルとちゃうけど。<br />
それ以外には、地鳴り、水が濁る、等といった五感で感知できる情報と、<br />
前日までの天気、上流の天気などの情報があるが、ニュース番組は本来、<br />
こういった情報をまず流さないといけないんじゃないのか？<br />
<br />
『大雨の後、川の水かさが減ってきたら、鉄砲水が起こる可能性があります。』これを流せば、危険を回避できる人が増えるんじゃないか？<br />
亡くなった４人を、環境問題の犠牲者で片付けてしまっていいんやろうか？<br />
<br />
※そもそも、“鉄砲水”という名前からして、鉄砲が日本に伝わった頃からは確実に何回かあったはず。<br />
今更それを環境問題にしてしまうのはいかがなものかと思う。<br />
<br />
後、新聞にこんな記事があった。<br />
『都賀川は、側面と底面の３面が人工的に整備されている。そういった川の方が破壊力が大きい。』<br />
これは、他のどんな自然な状態の川と比べてもそうなんやろうか？<br />
やとしたら、記憶があいまいやけど芦屋川も整備されていた気がする。<br />
新神戸を流れる新生田川も整備されている。<br />
これらの川は大丈夫なんやろうか？新生田川は、確か上流に貯水池がある。<br />
ローカル過ぎる情報を全国ネットで流す必要はないと思う。でも、<br />
そういった情報を流すニュース番組があってもいいと思うんやけども、<br />
なんでみんな、温暖化と異常気象で片付けるんや？<br />
<br />
<br />
最後に。<br />
番組内でばらばらに散りばめられている以下の３つの文章。<br />
『人間の活動が地球温暖化の原因。だからＣＯ２を・・・(以下略)』<br />
『地球温暖化による異常気象。』<br />
『異常気象による豪雨、それによる鉄砲水で４人が亡くなった。』<br />
<br />
これらの３つの文章、散りばめられているから分かりにくいけど、<br />
３つ続けて読んだらこうなるんと違う？<br />
<br />
『人間の活動が４人の命を奪った。』<br />
これ、殺人やん。<br />
ちょっと繋げすぎと思われるかもしれないが、間接的にとは言え<br />
こういう内容を公共の電波に乗せている事になるんとちゃうやろうか？<br />
ならば即刻、無駄な電波と電気を使っているテレビ番組は辞めたらどうや。<br />
殺人なら罪が問われる。誰がどうしたらええねん。<br />
そんな情報が欲しいんじゃない。<br />
]]></content></entry><entry><title>レンタルショップ案内人</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://diary.play-natural-music.net/?eid=763274" /><id>http://diary.play-natural-music.net/?eid=763274</id><issued>2008-07-27T06:12:51+09:00</issued><modified>2008-07-27T00:52:14Z</modified><created>2008-07-26T21:12:51Z</created><summary>僕は以前まで、レンタルショップで無作為に選んだＣＤを数枚借りる、
といった事をしていた。
目的は、いろいろな音楽的ファクターを取り込むため。
音楽をする側の人間にとって、それはとても大切やからと思っていたからで、意識して借りるとジャンルが偏るからそれを...</summary><author><name>GO</name></author><dc:subject>日常</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[僕は以前まで、レンタルショップで無作為に選んだＣＤを数枚借りる、<br />
といった事をしていた。<br />
目的は、いろいろな音楽的ファクターを取り込むため。<br />
音楽をする側の人間にとって、それはとても大切やからと思っていたからで、意識して借りるとジャンルが偏るからそれを避ける為というのが主な理由。<br />
<br />
その甲斐あって何だかいろんなジャンルを聴いた。中には今でも聴き続けているいい出会いもあったし、なんじゃこりゃ？という理解不能なものもあった。<br />
けれど問題は、音楽の中身をちゃんと取り込めているのかどうか。<br />
もっと言うなら、そいつを自分の音楽に反映できているかどうか。<br />
それが目的でやっていたんやから。<br />
<br />
僕の出した結論を先に述べるが、これはこの順番では無意味。<br />
<br />
例えば自国の歴史や文化など、なんでそんなんを知らんねんな？<br />
・・・と、ちょっと眉をしかめてしまう様な最低限の事柄は、<br />
半強制的にでも脳に叩き込んでおくべきやと思う。<br />
それがたとえ生活や生き方にすぐ反映されなくても。<br />
<br />
ところが音楽では、知っておいて損はないかもしれんが、<br />
本人の興味が向かないなら知らんでも別に不都合はないやろう。<br />
その“半強制的”っちゅうのは実に無意味で、The Beatlesの音楽が嫌いやという人に(おるんか疑問やけども)<br />
いくらThe Beatlesを脳に叩き込ませても、その人の音楽は何も変わらない。<br />
<br />
<br />
専門学校には独特の雰囲気があった。<br />
沢山知っているのがミュージシャンとしての必要最条件、といった感じで<br />
生徒同士の会話もその影響でかなりマニアック。<br />
好きが高じてそうなったのなら健全やけども、無理矢理詰め込んででもそうせなアカンというのが、専門学校の狭義みたいになっていた。<br />
<br />
僕はその中ではダメ生徒で、極端にジャンルの偏っているタイプやった。<br />
主にジャズやフュージョン、次にクラシック、次に流行りモノ、という具合。こんな調子やったから、当然デビューを夢見てロックやポップスを中心に音楽を聴いている人たちの話には付いていけない。<br />
全く知らない訳ではないんやけども、それは一般のリスナーという程度。<br />
<br />
先生方に何度「もっとイロイロ聴きなさい。」と言われた事か。<br />
通称“レンタルショップでのランダム借り”はその影響。<br />
幸い、どんな音楽でもそれなりに楽しんで聴ける特性があったから、<br />
結果として幅は広くなったかもしれないけど、「この人ええなぁ。」<br />
と思って聴く音楽と比べれば、やっぱり大した効果は無かった。<br />
<br />
最近の生活の変化が影響したのか、もう興味の湧かない音楽は聴かない事にした。<br />
いろんなミュージシャンを知っていて、そのアルバムや曲ができた経緯を知っていたり、使っている楽器などの機材に詳しかったり、それを好きで知っていった人から話を聴くのはとても楽しい。<br />
<br />
しかし、何だかよく分からないけどまずは洋楽、という人や、<br />
プレイできたら小銭稼ぎになるからとりあえずジャズ(ある意味正しいジャズとの接し方やけど)、という人はつまらないし、そんな人にはなりたくないと思った。<br />
そんな事より、興味の湧いた演奏家や楽曲を深く聴き込む方が大切や。<br />
これからは好きなモンしか聴かない。<br />
<br />
きっとそれを繰り返している内に、結果として色々知っていく事になるんやろう。色んなジャンルに興味が湧くっていうのはある種の才能かも。<br />
そうなれたら、しっかりファクターとして取り込めるかもね。<br />
<br />
先生方の言っていたミュージシャン像は正しいと思うけど、<br />
そこに至るまでのプロセスが逆。<br />
こういう事って、音楽に限らず多い。]]></content></entry><entry><title>エネルギーの塊</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://diary.play-natural-music.net/?eid=760447" /><id>http://diary.play-natural-music.net/?eid=760447</id><issued>2008-07-21T06:51:38+09:00</issued><modified>2008-07-20T21:51:38Z</modified><created>2008-07-20T21:51:38Z</created><summary>さて、昨日聴きに行った綾戸智恵さんのライブ。
とんでもなかった。まだ経験の浅い僕の人生ではあるが、
その中で５本の指に入る強烈なエネルギーを受けたライブやった。

僕は、実はあまりライブに足を運ばない。
専門学校時代は結構な頻度でライブを観に行っていた...</summary><author><name>GO</name></author><dc:subject>日常</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[さて、昨日聴きに行った綾戸智恵さんのライブ。<br />
とんでもなかった。まだ経験の浅い僕の人生ではあるが、<br />
その中で５本の指に入る強烈なエネルギーを受けたライブやった。<br />
<br />
僕は、実はあまりライブに足を運ばない。<br />
専門学校時代は結構な頻度でライブを観に行っていたが、それ以降は<br />
ほとんど無くなってしまった。<br />
今では完全にインスピレーションと言うか、勘に任せている。<br />
それに見事引っ掛かったのが今回のライブやった。<br />
<br />
<br />
鳥肌が立つ、という経験は誰でもあると思う。<br />
では、『鳥肌が数分間納まらない。』という経験はあるやろうか？<br />
<br />
初めてそれを経験したのは、高校１年生の時。<br />
吹奏楽部に入って最初に聞いた先輩方の演奏やった。<br />
曲は、オットリーノ・レスピーギの交響曲『ローマの松』。<br />
その中の第４部、『アッピア街道の松』という曲。<br />
<br />
２回目はＣＤ。なんと生演奏じゃない。<br />
かの有名なヘルベルト・フォン・カラヤン指揮、<br />
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団による演奏、<br />
曲は『パッヘルベルのカノン』。これはかなり有名。<br />
探し求め、ようやく出会えたという感覚になった曲やった。<br />
<br />
３回目は、ジャズ。<br />
僕の大好きなギタリスト、清野拓巳さん率いるジャズ・トリオ『ＤＲＯＰＳ』の演奏。<br />
これは・・・全く言葉にできない。<br />
沈黙のエネルギー、そして人、場所、時間のネネルギーが融合していく。ＤＲＯＰＳの音をきっかけにして。<br />
<br />
そして今回４回目。それが綾戸智恵さんの演奏やった。<br />
音楽は、『音程・リズム・和音』などとよく言われるが、そんなもんは<br />
まあそれなりにできてりゃいいんじゃないの？と確信を持った。<br />
音が津波のように押し寄せて、身体を振動させ続ける。息ができないどころか、身動き一つ取れなかった。これがエネルギーや！そう感じた。<br />
<br />
<br />
<br />
さっきから何度もエネルギーという言葉を使っているが、これはなんだか抽象的な言葉や。エネルギーって何やねん。<br />
<br />
音楽は空気を介して人に伝わる。音は空気の振動やから。<br />
だから音楽におけるエネルギーとは、空気を振動させる力と言えると思う。<br />
当たり前やけど、単に物理学的な話では片付けられない。<br />
どう振動させるのか？そこにその人物がもろに影響する。だから音楽はおもしろい。<br />
<br />
そしてその根底には、幸せに生きたいという願いが間違いなくある。<br />
それが強いのか弱いのか、現実的なのか、本気なのか、それを音は忠実に表してしまう。なかなか誤魔化せるもんじゃない。<br />
<br />
更には、それを受け取る側が、発する側とチャンネルを合わせると言うか、<br />
波長を合わせていく事で入り口が広くなっていく。<br />
広くなった入り口は、音のエネルギーを遮る事無くどんどん流し込んでくる。<br />
綾戸さんはそれが上手い。もちろん音のエネルギーも桁が違う。<br />
<br />
愛する子供を守る為、手に持っていた音楽を使う以外に術がなかった。<br />
必要に迫られて頼った『音楽』というツールだからこそ、爆発的で強烈なエネルギーを持っている。<br />
<br />
それに、親を大切に思う気持ちであったり、自分を“おばはん”と言っていたり、高いレベルの演奏力であったり、なにより関西人である事と、自虐ネタを織り交ぜた軽快なＭＣ。そういった“その人そのもの”のエネルギーは、<br />
聞く側のチャンネルを知らない内に“綾戸智恵チャンネル”にしていく。<br />
それはとても自然で、無理矢理変えさせるものではないし、また、<br />
変わる事を強制するものでもない。<br />
自分からチャンネルや波長を合わせようとする人の背中を、そっと上手くサポートしてくれるといった感じ。ＭＣの声はデカくてガラガラやったけども。<br />
<br />
僕の場合、入り口を開けたくても無理な時はどうやっても開かない。<br />
でも一度開くときっとその入り口は広くて、なんだかよく分からんものまで<br />
一緒に流れてきてしまう。<br />
途中に網でも仕掛けて、いらんものが入らんようにしておきたい。<br />
<br />
お陰で、終わって席を立つ時にふらついてしまった。<br />
これは老化じゃない。<br />
<br />
]]></content></entry><entry><title>ルーツ</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://diary.play-natural-music.net/?eid=760443" /><id>http://diary.play-natural-music.net/?eid=760443</id><issued>2008-07-21T05:36:40+09:00</issued><modified>2008-07-20T20:36:40Z</modified><created>2008-07-20T20:36:40Z</created><summary>『伝える事が大切なんやでーーー！！！』

この一言に、思わずハッとした。その瞬間から頭が勝手に自分の哲学や考え方、
取っている行動のルーツを追い始めた。




なんで伝える事が大切なんやろうか？
それは、その下に『幸せに生きたい』という願いがあるから...</summary><author><name>GO</name></author><dc:subject>日常</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[『伝える事が大切なんやでーーー！！！』<br />
<br />
この一言に、思わずハッとした。その瞬間から頭が勝手に自分の哲学や考え方、<br />
取っている行動のルーツを追い始めた。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
なんで伝える事が大切なんやろうか？<br />
それは、その下に『幸せに生きたい』という願いがあるから。<br />
じゃ、なんで『幸せに生きたい』のか？それに対する答は出ない。<br />
出す必要はないのかもしれない。<br />
<br />
それは『生物はなんで進化するの？』『なんで生きようとするの？』という疑問と<br />
同じくらい分からない事やと僕は思っていて、そこから生物学に興味を持った。<br />
精神的な面から『生きる事は大切や』というのは、以前にも書いた通り。<br />
たとえ肉体としての“生きる意味”が分からんでも、正義や信念に重きを置いていれば<br />
それはそれだけで十分すぎる理由になる。<br />
だが、なんで人の身体は勝手に傷を治そうとするのかについて、個人的にめっちゃ興味がある。<br />
生き物は確実に生きようとしている、産まれる瞬間、いや、それ以前から。<br />
<br />
<br />
<br />
この『伝える事が大切。』という事に僕は非常に同感できる。<br />
伝え合う事、お互いに感じあう事、これはきっと生きていく上でとても大切な行為で、<br />
互いの正義や信念をより高い次元へ引き上げ、今の瞬間とその先へ目線を向かわせてくれる。<br />
愛や言葉、想いを行ったり来たり、通わせる事はきっと大切な事で（もちろん“駆け引き”もあるが）、<br />
だから僕は『表現する事が大切なんや。』と何度も言ってきた。<br />
<br />
理屈や理論で話をしようとするのも、人に伝える為というのが始まり。<br />
完璧な理詰めで話せば、嫌でも納得せざるを得ないから。<br />
音楽で表現するのも伝える手段の一つ。<br />
ただ、空間を彩る音達に理論や理屈は必要ない。そこに必要なのは“音”に力と説得力を<br />
与え得るだけの経験と知識と技術やろう。<br />
<br />
そして、伝えたり、通わせたり、その為に表現する事の更に奥底には、<br />
きっと「生きていたい、これからも生きたい。」という願いがあるからやと思う。<br />
日本人はきっと、そこに“幸せ”を強く願った。だから正義や信念を曲げてまで生きる事に<br />
意味も価値も見出せない。そんな生き方で幸せに過ごせる訳はなく、恥でしかないから。<br />
<br />
<br />
<br />
僕は幼い頃、「エライ人が、戦争やめー！って命令したら、戦争はなくなるんじゃねぇか？」<br />
といった事を考えていた記憶がある。んな簡単にはいかんのだが、戦争は平凡と命を奪う。<br />
無くなってくれればいいのに。それが政治や海外に興味を持つ事になったルーツであると感じる。<br />
<br />
『幸せに生きたい。』<br />
それが源にあって、その為に正義や信念が必要不可欠である事、<br />
自分の国の歴史や政治や海外に目を向ける必要がある事、<br />
それを伝えたり、共有する為に理論や理屈、音楽といった表現方法が必要な事、<br />
発信し、受信し、伝え、感じ合うには知識と経験、技術、そして原理原則を徹底する事で湧き起こる<br />
エネルギーと説得力が必要である事。<br />
<br />
そんな“自分のルーツ”に思わず焦点を当ててしまった。<br />
そのきっかけになったのは、昨日聴きにいった『綾戸智恵　１０周年ツアー　ファイナル』やった。<br />
長くなりそうな予感がする。続きは別で。<br />
<br />
]]></content></entry><entry><title>もう一度、同じセリフを言えますか？</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://diary.play-natural-music.net/?eid=758413" /><id>http://diary.play-natural-music.net/?eid=758413</id><issued>2008-07-16T20:36:21+09:00</issued><modified>2008-07-16T11:36:21Z</modified><created>2008-07-16T11:36:21Z</created><summary>今週の頭からサイトの改良を始めました。お陰でちょっと放置状態になっています。
前回は『デザイン』と『使いやすさ』がテーマ。
今回は『使い易さ』の一点にテーマを絞っています。
その『使い易さ』とは、“欲しい情報に早く、的確に辿り着ける”事。
もうしばらくお...</summary><author><name>GO</name></author><dc:subject>日常</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[今週の頭からサイトの改良を始めました。お陰でちょっと放置状態になっています。<br />
前回は『デザイン』と『使いやすさ』がテーマ。<br />
今回は『使い易さ』の一点にテーマを絞っています。<br />
その『使い易さ』とは、“欲しい情報に早く、的確に辿り着ける”事。<br />
もうしばらくお待ち下さい。<br />
<br />
さて、そんなに忙しいのに何をのんびり日記書いてんねん！<br />
とツッコまれそうやけども、それでも今日は書く。<br />
<br />
<br />
世の中には音楽や絵、写真などの様々な芸術がある。<br />
同じようにその芸術の捉え方には様々なものがあると思う。<br />
僕にとって音楽は『時間の流れを生み、空間を彩る芸術』。<br />
絵は『時間の流れと空間を生む芸術』、写真は『時間を止め、空間を切り取る芸術』。<br />
<br />
違うと感じる人もおるやろうし、同じやと感じる人もいるやろう。<br />
しかし、そこに共通して持っておかなければならないモノがある。<br />
それは“何を表現するか？”という部分。これは芸術の核心・・・いや、<br />
人が行動する全ての中心に持っておかないといけないものや。<br />
これがなければ、全て無意味と言っても過言ではない。<br />
<br />
その“何か”を表現するツールとして、音楽や絵、写真といった芸術がある。<br />
では、一体何を表現する事にしようか？<br />
<br />
『戦争はいけない！武器を捨てて手を取り合おう！』<br />
『みんな仲良く、お互い助けあって生きよう！』<br />
『親や友人、周りの全てに感謝しようぜ！』<br />
『愛を！もっと沢山の愛を〜〜！』<br />
<br />
・・・こんな感じでいいやろうか？<br />
なんか受けが良さそうや。<br />
<br />
<br />
僕はこれらの、いわゆる【良い事】に、かなりの違和感を覚えていた。<br />
なぜか？僕がヒネクレ者だから？僕が嫌な奴だから？<br />
それで説明できるならそれでもいいんやけども、もっとはっきりと<br />
言葉にしたいとずっと思っていた。<br />
<br />
それがようやく言葉にできた。<br />
<br />
僕が【良い事・綺麗事】や【良い話・深い話】を表現したがる音楽家、絵描き、写真家に違和感を覚える理由。<br />
それは、【悪い事・醜事】を無視しているから、度外視しているからや。<br />
<br />
<br />
<br />
本当に綺麗事を実現させたいのなら。<br />
本当に理想を現実にしたいのなら。<br />
人間の汚い部分、愚かな部分、醜い部分にこそスポットライトを当てなくてはいけない。<br />
それをせず、ただただ綺麗事を並べても、理想を口にしても、<br />
何の説得力も無い。皆無や。<br />
<br />
綺麗な部分や良い部分ばかりを表現しようとする人間がどれだけ多い事か。<br />
もちろん言っている事は正しいと思うし、内容は否定しない。<br />
でも、その説得力の無さにずっと違和感を覚えていた。<br />
<br />
<br />
戦争の爪痕、崩れて原型を失った人の身体、裏切り、憎悪、私利私欲、<br />
それら人間の負の部分を目の前にして、直視して、<br />
それでも同じ綺麗事をもう一度言えるんか？<br />
それでも同じセリフを言えるなら、それは本物なんだと思う。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
僕の大切な友人が今月の初め、チベットから帰ってきた。<br />
外国人が入れない時期、彼はラサに潜入し写真を撮ってきた。<br />
<br />
彼のブログはコチラから。<br />
<br />
『島国根性』<br />
ブログ「ラサ暴動の傷痕」http://black.ap.teacup.com/shimaguni_kongyo/330.html<br />
<br />
世界６０億人の中、この時期に旅行者としてラサに入った人間は彼しかいないと思う。<br />
彼がチベットの人々を愛し、チベタンが平凡で幸せな生活を送れる事を<br />
心の底から強く願う想い、写真を見て強く感じた。<br />
感じた事はもっともっと沢山ある、だが・・・僕の文章力でこれ以上は語れない。<br />
それは、平和で美しい写真ではない。<br />
彼の写真は当然のように、残酷で、悲惨な現状を写していた。<br />
<br />
『オリンピック』という平和で美しいモノばかり表現していたって、<br />
何も伝わらない。<br />
自分の目に映る平和や美しさを偽りと知りながら、残酷で醜い本当の姿から目を逸らしたり、見えない振りをするような芸術は、芸術とは呼べない。<br />
そんな表現は無価値で、無意味や。]]></content></entry><entry><title>今西祭２００８</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://diary.play-natural-music.net/?eid=753420" /><id>http://diary.play-natural-music.net/?eid=753420</id><issued>2008-07-06T05:54:10+09:00</issued><modified>2008-07-05T20:54:09Z</modified><created>2008-07-05T20:54:10Z</created><summary>※『今西祭２００８』を検索エンジンで検索しても、何も出ません。

年末のライブから約半年。昨日、大阪梅田ＡＭホールでライブがありました。日記のタイトルは、今回のライブのテーマです。
今西というのは僕の後輩で、今回のライブの主催者です。まだ二十歳で、バン...</summary><author><name>GO</name></author><dc:subject>日常</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[※『今西祭２００８』を検索エンジンで検索しても、何も出ません。<br />
<br />
年末のライブから約半年。昨日、大阪梅田ＡＭホールでライブがありました。日記のタイトルは、今回のライブのテーマです。<br />
今西というのは僕の後輩で、今回のライブの主催者です。まだ二十歳で、バンドを始めて１年半程しか経っていないのにしっかりと企画してくれました。お陰でとても楽しい一日を過ごす事ができた。ありがとう。<br />
<br />
そして、真夏の様な気温と都会の熱気で、倒れそうなくらいの暑さの中集まってくれた多くのお客さん、いろいろと注文が多い僕らの演奏に快く対応して頂いたＡＭホールのスタッフの方々、本当に有難うございました。<br />
お陰でとても和やかな雰囲気で、演奏する事ができました。<br />
<br />
<br />
さて、今回の『Ｃ−Ｈ』は、ユニット名を『ＣＯＯＯＨ』に変え、<br />
主要メンバー三人によるアコースティック・ライブという事でお届けしました。<br />
<br />
歌・ギター・ピアノというシンプルな編成での演奏は、それぞれのメンバーが持つ個性や感性、音のエネルギーの輪郭がより際立ち、“空間に音を重ねていく”という感覚を、・・・純度が高いと表現すればいいのか、より純粋に感じることのできる演奏となり、僕にとっては多くの収穫がありました。<br />
<br />
今回の主要メンバー三人は、今までに何度も音を出し合っているので、<br />
もうそろそろ、お互いの手の内は知り尽くしているでしょう？と思っていましたが、全然そんなことはなかった。<br />
<br />
同じ曲に対して、たとえ同じ感覚や解釈を持っていなくても、重なり合った音が不思議と同じ方向を向いている。数学や物理では説明ができないエネルギーの法則がこのメンバーにはあります。<br />
<br />
今回のライブは、僕に新たな感覚を与えてくれたと思います。<br />
次回は恐らくワンマンライブ、Ｃ−Ｈ祭です。]]></content></entry><entry><title>順序</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://diary.play-natural-music.net/?eid=748803" /><id>http://diary.play-natural-music.net/?eid=748803</id><issued>2008-06-27T06:51:59+09:00</issued><modified>2008-06-26T21:51:59Z</modified><created>2008-06-26T21:51:59Z</created><summary>『周りの人々に感謝し、大切にして生きる。』

これ、当たり前の事である。
当たり前過ぎるから、これに反論する側の意見も容易に想像できる。
『自分の身が一番大事、周りはどうでもいい。』
おそらくこうであろう。

これはある種の精神論や。もっと現実的で具体...</summary><author><name>GO</name></author><dc:subject>日常</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[『周りの人々に感謝し、大切にして生きる。』<br />
<br />
これ、当たり前の事である。<br />
当たり前過ぎるから、これに反論する側の意見も容易に想像できる。<br />
『自分の身が一番大事、周りはどうでもいい。』<br />
おそらくこうであろう。<br />
<br />
これはある種の精神論や。もっと現実的で具体的な話を書きたかったが、<br />
あまりにもあんまりな事が多いので、精神論から入ってみる事にした。<br />
<br />
<br />
上の２つは両極端な意見のように思える。<br />
そして、この両意見はお互いが相容れないものやと考える人が多い。<br />
ところがこの２つはとても密接に繋がりあっている。少なくとも僕はそう思っている。その理由を書いていこう。<br />
<br />
『周りの人々に感謝、大切にして生きる。』<br />
当たり前過ぎるが故にあまり真剣に考えようとしないこの意見だが、<br />
物事は全て長所と短所を備えるもの。その短所や欠点をしっかり把握しないと、ものの見事に落とし穴にはまる。<br />
<br />
　国際感覚に於いて、この意見を単独で歩かせるのは非常に危険な行為や。<br />
例えば、日本政府は多額の資金提供(ＯＤＡ)を中国に対して行ってきた。<br />
中国はその莫大な資金を何に使ってきたやろうか？いつの間にやら、ＯＤＡのお陰で日本が苦しい思いをする羽目になっている。<br />
“苦しい思い”というのは、何も食料やエネルギー資源だけの話ではない、<br />
なんとそのお金で開発したミサイルが、こっちを向いている。<br />
<br />
　貧困に喘ぐアジア、アフリカ諸国に対しての資金援助や物資の援助。<br />
日本人はお人好しだとよく言われる。それは『こういう目的で使いなさい。』という条件も、『使ったら何に使ったか報告しなさい。』という条件も、何にもなしに資金提供するのが主な理由や。<br />
援助しっぱなし。その結果、そのお金や物資を取り合うという新たな争いを生んでしまっている。結局、一番必要としている人々の手に渡る前に、武力と権力を持った人間がほとんど全てを奪い取ってしまう。<br />
残った僅かなお金と物資を、飢餓に苦しむ人々が命を賭して奪い合う。<br />
これは最早お人好しではない。残酷な行為ではないか？<br />
<br />
<br />
　もっと身近な部分に焦点を合わせてみよう。<br />
普段の生活で『周りの人々、そして物事の全てに感謝する。』という“行為”、その“行為”そのものに価値があると勘違いしていないやろうか？<br />
<br />
　なんで感謝し、大切にせにゃならんのか？<br />
答は単純明快。無になってしまうからである。死んでしまうからである。<br />
決して「死ぬのは嫌じゃ」と言っている訳ではない。<br />
今、生きているのは、この世に産まれる前から周りの人々が自分の周りにいてくれたお陰であって、突然何にもないところからポコッと出てきた訳ではない。<br />
<br />
　それを大切にできないのは、今の自分を全否定することと同義や。<br />
しかし全否定したところで、もう存在していまっている自分を「やっぱり無かった事に。」という訳にはいかない。感謝し、大切に思い生きる他以外、すでに選択肢が無い。<br />
<br />
　この「感謝する。」という“行為”そのものに価値があると思い込み、<br />
その目的や理由に焦点を合わせないが故に、訳の分からない事が起こる。<br />
自分の身は確かに大事や。しかし同時に周囲への感謝の心も大事や。<br />
この両意見は決して相容れないものなどではなく、密接に関わり合っている。<br />
卵が先か、鶏が先か・・・ではないが、どちらかが欠落すれば、もう片方も欠落してしまうものだと思う。<br />
<br />
こっちにミサイルが飛んできたら嫌だ、だからせっせと資金提供。<br />
仲間外れにされたら嫌だ、だから何でもかんでも協調、イエスマン。<br />
<br />
違う。<br />
自分の利益、自国の国益、これは守り通さねばならない。<br />
それと同時に、他人への感謝、他国への感謝も忘れてはならない。<br />
そして、いくら良い行為であってもそれには必ず責任を伴う、<br />
だからこそ正義と信念を持つ事が不可欠になってくる。<br />
<br />
我が国日本は、日本国民は、それができた民族ではなかったか？<br />
]]></content></entry><entry><title>『命』は大切ですか？</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://diary.play-natural-music.net/?eid=744808" /><id>http://diary.play-natural-music.net/?eid=744808</id><issued>2008-06-19T07:18:17+09:00</issued><modified>2008-06-18T22:18:17Z</modified><created>2008-06-18T22:18:17Z</created><summary>つい最近、なぜか「命は大切ですか？それは何故ですか？」
という質問が寄せられた。

ん？なんだこれは？迷惑メール？
ワシのサイトはボイストレーニングのサイトで、
人生案内のサイトではないんやけども・・・。
思わず便意が止まってしまった。

無視するほど...</summary><author><name>GO</name></author><dc:subject>日常</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[つい最近、なぜか「命は大切ですか？それは何故ですか？」<br />
という質問が寄せられた。<br />
<br />
ん？なんだこれは？迷惑メール？<br />
ワシのサイトはボイストレーニングのサイトで、<br />
人生案内のサイトではないんやけども・・・。<br />
思わず便意が止まってしまった。<br />
<br />
無視するほど怪しい内容ではないが、<br />
質問した側の人間によってはかなりハードルの高い質問。<br />
敢えてここで答えてみよう。<br />
<br />
<br />
<br />
まず最初に、この質問自体が僕にとって『平和ボケ日本』を象徴するような<br />
質問である、という事を示しておく。<br />
生きることに必死な状態で、こんな事を考えるやろうか？<br />
生死が自分の意思とは無関係にある非常時、考える事は<br />
愛する大切な者をいかに守るか、そして願わくば何かを残してやりたい、<br />
これではないかと想像する。<br />
<br />
よって、僕が「命は大切だ。」と答える事を前提とした『それは何故か？』<br />
という質問には答えられない。<br />
<br />
<br />
<br />
それではつまらん。<br />
そう思われるかもしれないが、仕方がない。<br />
<br />
<br />
<br />
『なぜ命が大切なのか？』という質問に答えるためには、もう一つ付け加える前提がある。<br />
それは“命は何よりも一番大切”という意味なのか、それとも<br />
“一番ではないが、命は大切”という意味なのか、という前提。<br />
<br />
質問者が『命が“何よりも一番”大切なのは何故ですか？』という事なら、<br />
これに対する答えは「いいえ、大切ではありません。」となる。<br />
一番大切なのは“正義”と“信念”である。<br />
<br />
これを曲げてまで生きる事に意味は無い。それが有り得るとしたら、<br />
『何がなんでも家族を守りたい。』という強烈な信念を持ち、その為に<br />
どれだけ頑張っても自分の正義に矛盾する仕事にしか就けない、という<br />
過酷な状況下に於いてのみ、やと思う。<br />
ただ、これは“正義”も“信念”も曲がっていない。<br />
それを貫くために矛盾した行動を取らざるを得ないというだけである。<br />
『生きる事が一番大切』なのではなく、最低限の条件として生きていないと<br />
愛する家族を、国を守れない、だから生きている、それだけの理由や。<br />
<br />
だからこの質問には<br />
「一番大切なのは正義と信念、つまり愛する者を守る事であり<br />
生きる事そのものでは無い。」<br />
こうなる。<br />
<br />
<br />
<br />
『一番ではないけど、命は大切。』<br />
こんな事をわざわざ言う必要はないんやけども・・・、<br />
産んで、育てた者の苦労と与えてくれた愛はどうなる？<br />
そもそも、その人一人の命を支える為にどれだけ多くの命を<br />
奪っているのかを考えれば、答を出すのに１秒もかからない。<br />
<br />
それを投げ出すというのなら、奪ってきた命を全て元通り返してからに<br />
してちょうだいな。<br />
<br />
よく「自分はこの世に必要ないんだ。」という内容の話を聞く。<br />
そういう方に是非聞いてみたい。<br />
「判断材料がまだ少ないのに、何故そう判断する？」と。<br />
<br />
ちょっと話が逸れるが、僕は「なんでカメムシは生きとるんや？」と<br />
ウ〜ンウ〜ンと考えた事がある。<br />
臭いだけで何にも良い事がないじゃないか、と思っていたからや。<br />
ところが、世界にはカメムシを食う民族がいた。<br />
肉食性のカメムシは、害虫駆除にも使われる事も知った。<br />
ちゃんと意味があり、必要とされていた。<br />
<br />
そんなの代えが効くじゃん、と自虐的に言う人がいる。<br />
代えは効くが代える必要性がないなら目の前にいる君でいい。<br />
代えられたくないなら努力せんかい、何を贅沢な。<br />
僕はそう思う。<br />
案ずるより産むが安し、こういう言葉がこの国にはある。<br />
<br />
<br />
以上が質問の僕の答えや。<br />
交通機関の進歩やネットの普及で、国同士の距離はどんどん近くなっている。<br />
「明日生きている保障は無い。」という思いで生きている<br />
世界のツワモノ達はすぐ目の前にいて、そんな彼らを相手に、<br />
『命は大切？』なんて悠長に考えている時間はない。]]></content></entry><entry><title>ボクラハ　イカサレテイル</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://diary.play-natural-music.net/?eid=741859" /><id>http://diary.play-natural-music.net/?eid=741859</id><issued>2008-06-14T05:53:49+09:00</issued><modified>2008-06-13T20:55:14Z</modified><created>2008-06-13T20:53:49Z</created><summary>片仮名で書くと、怪しさがグッと増す。
普通に書くと『僕らは生かされている。』になるが、そんな良く耳にする
いい話を書く訳ではないことは、片仮名にした事でお気づきいただけると思う。


僕は“無知”である事を罪だと思っている。
知らないというのは恐ろしい状...</summary><author><name>GO</name></author><dc:subject>日常</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[片仮名で書くと、怪しさがグッと増す。<br />
普通に書くと『僕らは生かされている。』になるが、そんな良く耳にする<br />
いい話を書く訳ではないことは、片仮名にした事でお気づきいただけると思う。<br />
<br />
<br />
僕は“無知”である事を罪だと思っている。<br />
知らないというのは恐ろしい状態で、その罪に対する罰は<br />
見事なまでに我が身に降りかかる。<br />
<br />
<br />
<br />
ここ数ヶ月の間、物価の上昇が止まらない。<br />
ガソリン等の燃料の値上げが、食べ物の値段にも影響を与えている。<br />
エネルギーや食べ物のほぼ全てを輸入に頼っている日本、<br />
エネルギーも然る事ながら、食べ物はそのまま直接生き死にに関わってくる。<br />
<br />
日本は石油が出ない。欲しくても出ないもんは仕方がない。<br />
しかし食べ物はどうやろう？国全体が砂漠に覆われた荒れた土地なら<br />
厳しいかもしれないが、ここは水の国、日本。<br />
いくらでも作れるはずや。<br />
面積に対する人口の割り合いを考えると苦しいとは思うが、<br />
それでも食料自給率３９％という数字はあまりにも低いと感じる。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
僕はここ数年、チェーン店で食事をしていない。<br />
それには理由がある。<br />
<br />
チェーン店というのは、大抵どこの場合も工場を持っている。<br />
そして工場には、店舗での品切れ等がないように安定供給が求められると同時に、安く提供する為にコストを押さえる事に力を注ぐ。<br />
<br />
商品の安定供給の為には、材料を安定して仕入れる必要がある。<br />
その為に、チェーン店は農場などと契約を結ぶ。<br />
「毎月これだけはウチに売って下さい。」と。<br />
<br />
農場にとっては、まとめて大量に購入してくれるというメリットがある為、<br />
契約を結ぶ事に承諾し、契約農場となる。<br />
ここまでは悪い話ではない。<br />
<br />
先程言った通り、安定供給ともう一つは『低コスト』や。<br />
その為には材料を安く仕入れる必要がある。<br />
そこで「毎月、これだけまとめて買うから安くしてくれ。」という要求を<br />
農場に突きつける。契約を結んだ事で事業を拡大した農場も中にはあるやろう、今更「それは無理。」と契約を打ち切る訳にはいかない。<br />
仕方無しに農場はその要求を呑まざるを得ない。<br />
<br />
それが更に安く、安く、安く、となってゆけば、当然だが農場は<br />
どうにもこうにも経営が困難になる。当たり前や。<br />
結果、農場は閉鎖。日本は食糧自給率を更に下げる事になる。<br />
<br />
『安く提供するのは経営努力じゃん。』そう言う輩がいる。<br />
経営努力によるコスト削減は、『無駄を省く事』である。<br />
無駄がない所から更に何かを省く事を、経営努力とは言わない。<br />
そういうのは『搾取』と呼ぶ。<br />
<br />
そして、その低コストを要求しているのは我々消費者や。<br />
つまり、農場から搾取して彼らを苦しめているのは、<br />
間接的ではあるが、我々消費者という構図になる。<br />
<br />
ここ数ヶ月の石油価格の上昇を考えると、チェーン店のメニューは<br />
もっと値上がりしてもおかしくないのに、価格据え置きのチェーン店もある。一体誰がそれを負担しているのか、考えた事はあるだろうか？<br />
<br />
だから僕はチェーン店には行かない。<br />
少し値が張ってもいいから、別のお店に行く。<br />
お金が無い時は外食しない。<br />
<br />
<br />
<br />
こんな事くらい、書店で５００〜１５００円くらいで転がっている本に書いてある。知ろうとすれば誰でも知る事ができるのに、<br />
きっと今日もチェーン店は賑わうのやろう。<br />
<br />
“無知”は“罪”や。<br />
知らず知らずの内に誰かを苦しめている。そしてそれが回りまわって、<br />
今、『食料値上げ』という形で我々の首を絞めている。<br />
誰かのせいだけではない、それを叫ぶ者にも責任と罪がある。<br />
<br />
食料自給率３９％、<br />
文字通り、我々は海外からの輸入で“イカサレテイル”。<br />
そのニュアンスは“飼われている”に限りなく近い。<br />
]]></content></entry></feed>